ジェミニイルムシャーR(JT190系) 〜いすゞ最強にして最後のマシン〜
いすゞというメーカーは現在でこそ、トラック&SUVメーカーとなっているが、実はつい最近まで乗用車の生産をしていたことを皆さんは知っているだろうか?
しかも、古くから魅力ある乗用車を数多く生産し、トヨタ、日産とともに自動車御三家とも呼ばれていたことを・・・。
日本の自動車創世期にはベレット、117クーペという素晴らしいスポーツカーを出したりもした。
そんないすゞが自社生産としては最後に発売し、最強だったマシンがある。
今回はそんないすゞの魂に触れてみよう。
ジェミニイルムシャーR(JT190系)。

JT190系ジェミニ・イルムシャーR 〜写真提供ume3さん〜
皆さんの心の中のジェミニというとこのモデルの先代にあたるJT150系初代FFジェミニである方がほとんどだと思う。
あのパリの街中をアクロバット走行で駆け抜ける衝撃的なCMのジェミニである。

JT150系ジェミニ(初代FFジェミニ)
「あぁ〜、そんなCMあったねえ〜」と懐かしむ君はすでに20代後半に差し掛かろうとしているでしょ?(^^;)
自分もあのCMは心に残るCMの一つだったりする。
JT150系先代FFジェミニは直線的なデザインでありつつもヨーロピアンなデザインが特徴だが、このデザインはデザイナー界の鬼才ジウジアーロの手によってデザインされたものだ。
ジウジアーロといすゞは古くから関係があり、117クーペ(リヤクォーターから眺めたときの滑らかな曲線は絶品である)に始まり、続いて117クーペの後継車種であった初代ピアッツァをデザインしている。
そして、その鬼才ジウジアーロが新世代をいすゞを象徴する大衆セダンとしてデザインしたのが先代ジェミニであった。
先代ジェミニはあの衝撃的なCM内容も手伝ってか、いすゞにしてはかなりのヒット作となり、そのJT150系の後継として登場したJT190系ジェミニは丸みを帯びた独特のデザインをしていて、フロントマスクは一目でジェミニだとわかる個性を持ちあわせており、そして、先代から登場したヨーロッパチューナーによってチューニングされた2種類のスポーツグレードを持っていた。
ひとつは伝説のスポーツカーメーカーであるロータスの名前を頂いたハンドリング・バイ・ロータス。
もう一つは今回紹介するドイツのオペル系のチューニングブランドであるイルムシャーの名前を頂いたイルムシャーR。
ともにいすゞとともにGM傘下のメーカーだったからこそ出来た芸当であった。
今回はイルムシャーのみに話を限定するが、いすゞはイルムシャーの心臓に1588cc直列4気筒DOHCユニットにターボをドッキングさせて、当時、テンロククラスでは最強の180馬力を絞り出していた。
これはつい最近、シビックタイプRとパルサー&サニーVZ-R・N1に破られるまではNAとターボの違いはあれど、8年間ものの間、テンロク最強ユニットの座を保持していたのである。
そして、その進化はエンジンだけではなかった。
足回りも4輪独立懸架に進化し、さらにパッシブ4WS機構をもつ”ニシボリックサスペンション”を採用。
さらにブランドの差別化にこだわったいすゞらしく、内装にはMOMO製ステアリング、レカロ製リクライニング式フルバケットシートを標準採用し、走りへのこだわりを見せていた。
事実、90年シーズンから全日本ラリーBクラスに投入されたジェミニは90〜92年まで全日本ラリー3連覇を達成している。
当時の全日本ラリーはWRCなどと違い、安全装備以外はほとんどフルノーマルで戦っていたから、ジェミニの戦闘力の高さをこの事からもうかがい知ることが出来るであろう。
しかし、そんな実力も普通の人には知られないまま、このJT190系ジェミニは不人気車の道を歩むのであった。
何が原因だったのかはよくわからない。
もし、ひとつ挙げれるとするならば、最終型ジェミニには様々なボディバリエーションと兄弟車が存在して、逆に自分の存在を薄くしてしまったことが挙げられるかもしれない。
4ドアセダン、2ドアクーペ、3ドアハッチバックの3種類のボディをジェミニ自身が持ち、さらにあのヤナセで発売されていた兄弟車PAネロ(ミニカマロ的な感じがするデザインです)にも2ドアクーペと3ドアハッチバックと合計5種類ものボディを持っていたのである。

いすゞPAネロ(中身はジェミニと一緒です)
これが命取りになったのではないか?と私には思える。
そして、業績不振に陥ったいすゞは自社製ジェミニの販売中止とともに乗用車の販売を中止してしまうのであった。
現在はホンダのOEMを受けるいすゞだが、マガジンXにオープンスポーツカーのスクープが載せられるなど、社内の一部には乗用車復活を考える兆しが出てきているようだ。
私が思うにいすゞのようにトヨタなどの大企業と違い、乗用車が占める枠が元々少ないのだから、思い切ってスポーツカーのみを生産するメーカーになっても良いのではないだろうか?
事実、いすゞは過去に魅力的なスポーツカーを数多く生産してきたメーカーであるし、日本にもそんなメーカーが一つぐらいあっても良い。
決して、販売台数は求めない。月産300台程度でも良いから、その代わり、良質で美しいスポーツカーなんかを作っていけば、きっと理解してくれる人はいる。
マツダが出した初代ロードスターがその良い手本だ。
実際、いすゞは過去に魅力あるスポーツカーを何度も登場させているのだ。
そんないすゞの復活を心待ちにしている人たちもいるはず。(私も元気ないすゞが戻ってきて欲しいと思う一人である)
その時まで僕たちは待っている・・・。
P.S
写真が見つかったので掲載してみました。(7/10)
けっこう独特の雰囲気をもったクルマだなと改めて思いましたね。
でも、未だにわからないのはPAネロの3ドアハッチバックとジェミニクーペ&3ドアハッチバック。(^^;)
あれだけは生まれつきのレアカーって奴でしょう。(笑)
やっぱり、ジェミニセダンとPAネロクーペの2種類で良かったんだよ。きっと。